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東京地方裁判所 平成7年(ワ)13961号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  事案にかんがみ、本件については、被告の抗弁(消滅時効の成否)から判断するのを相当とする。

被告は、本件マンションの管理人が民法一七四条一号に規定する「雇人」に当たると主張するが、これを認めるべき証拠はなく、一般にマンションの管理組合と管理人の関係は、委任ないし準委任契約に基づくものと解されるから、右主張は採用することができない。また、被告は、本件マンションの管理人が民法一七四条二号に規定する「労力者」に当たるとも主張するが、同様の理由により、採用することができない。

次に、被告は、原告の主張によれば本件管理人手当ては毎月発生するものであるから民法一六九条所定の定期金債権に当たると主張する。これに対して原告は、本件管理人手当ては毎月の支払が予定されていたものではない(月額で算定すると一か月五万円の割合になると主張したにすぎない)と反論するが、一般に、マンションの管理人手当てが一年を超える期間について発生するものと考えるのは困難であり、この点につき原告の特段の反証はないから、原告主張の管理人手当ては一年以下の期間をもって定めた定期給付債権と推認するのが合理的である。

そうすると、原告が本訴において主張する昭和五七年六月一日から平成元年八月三一日まで管理人手当ての請求債権は、原告が本訴を提起した平成七年七月一四日までに時効により消滅したもの(被告がこれを援用したことは記録上明らかである。)というべきである。

二  原告は、右管理人手当てについては、平成六年一二月に被告の理事長が承認し、そうでないとしても、平成七年三月に被告の理事会が承認した旨主張するので検討する。

1  《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件マンションは昭和五二年ころに建築され、その管理は株式会社丁原社に委託されていた。本件マンションにおいては、被告管理組合の設立前は自治会が組織されていたが、平成六年七月三〇日に被告管理組合が設立され、初代の理事長に戊田松夫(以下「戊田」という。)が就任し、その後、平成七年四月一五日に開催された総会において丙川春夫が理事長に選任された。本件マンションは四二個の専有部分から成り、被告管理組合の組合員数は四〇名、議決権数は四二である。

原告は、本件マンションの七〇二号室の区分所有者である甲田夏子からこれを賃借して居住しているが、本件マンションの管理人であるとして、平成元年八月三一日、丁原社との管理委託契約を解約し、平成元年九月一日から平成六年七月三一日まで、本件マンションの自治会代表の名称を使用して、実質的にその管理業務を行っていた。

(二)  ところで、平成六年一〇月一五日に開催された被告の第一回総会の監査報告において、被告管理組合の収支決算上多額の使途不明金があることが指摘され、原告に説明を求めて後日報告すべきことが決議された。

その後、原告と被告との交渉の過程において、原告は平成六年一二月一四日、弁護士後藤邦春(原告訴訟代理人)を代理人として、被告理事長あてに通知書を送付し、原告は昭和五七年六月一日から平成元年八月末日まで本件マンションの自治会管理人であったとし、右期間の管理人手当ては月額五万円が相当であるとして、被告に四三五万円を請求する旨を通知した。右通知に接し、被告は平成七年一月一四日に開催された第二回総会においてその対応を協議したが、請求に係る管理人手当ての支払義務はない旨回答すべき旨が決議され(反対二名)、平成七年一月三〇日付けで、被告顧問弁護士安倍治夫を代理人として原告代理人に対し、丁原社時代の管理業務につき原告に報酬請求権は発生しない旨が回答された。

また、原告代理人は平成七年二月七日付けの通知書により、再度前記同様の通知をし、これに対して安倍弁護士は、平成七年二月一四日付けで前記同様の回答をした。

そして、平成七年四月一五日に開催された被告の第三回総会において、前記使途不明金の問題については、訴訟の提起を含め、安倍弁護士の後任である村田弁護士(被告訴訟代理人)に一任することが全会一致で承認された。

2  原告は、本件管理人手当てについては平成六年一二月に被告の理事長が承認したと主張し、これを裏付ける証拠として甲第二号証を提出する。しかしながら、右書面は原告代理人から被告理事長に送付された平成六年一二月一四日付けの前記通知書に対する被告理事長(戊田)の回答書であるが、その記載内容は、「内容が管理組合の財務に関わる事でもあり、私の一存でご解答を申し上げる訳にも行きません。」とし、総会を開催した上で正式に回答する旨を述べたものであり、これをもって、原告の請求を承認したものということは到底できない。そして、その後に開催された総会の決議及びこれに基づく回答の内容は前記認定のとおりである。

また、原告は、本件管理人手当てについては平成七年三月に被告の理事会が承認したと主張し、甲第五号証を提出する。しかしながら、右書面も原告の主張を裏付けるものとはいえない。すなわち、右書面は、平成七年三月二一日付けで戊田個人から原告代理人あてに送付されたものであるが、同月一八日に開催された理事会の様子を伝え、理事会では戊田と他の理事四名の意見が対立したこと、原告代理人と理事三名の話合いで和解の方向にもってゆきたいこと、管理人手当ての件も管理費の減額で相殺するようにしたいこと、四月中旬の総会において組合としての姿勢を決めたいことなどが記載されているにすぎず、これをもって、原告の請求を承認したものということはできない。

もっとも、被告の理事長であった戊田は、原告が主張する管理人手当てを支払うべきものとする意見を有していたことが認められるが、前記認定のような経過に照らせば、戊田は、右の問題が総会において検討され、理事長の一存で決することができないことを十分に認識していたものと推認され、また、現実にも、戊田が原告代理人に対してした回答は前記のようなものであるから、戊田が原告の請求を承認したものということはできない。

ほかに原告の主張事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の再抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  以上のとおりであって、被告の抗弁は理由があり、原告の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内俊身)

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